人工股関節置換術

人工股関節置換術とは

問診と詳細な身体診察人工股関節置換術(Total Hip Arthroplasty - THA)は、病気や怪我によって損傷し、機能が低下した股関節を、人工的に作られた関節(インプラント)に置き換える手術です。この手術の主な目的は、股関節の痛みを大幅に和らげ、関節の動きや安定性といった機能を回復させることで、患者様の生活の質(QOL)を総合的に向上させることにあります。
手術では、股関節の損傷した部分、具体的には大腿骨の先端部分である「ボール」の役割を果たす大腿骨頭(だいたいこっとう)と、骨盤側で「ソケット」の役割を果たす寛骨臼(かんこつきゅう)を取り除き、金属、ポリエチレン、セラミックなどでできた人工部品に置き換えます。
手術は通常、全身麻酔または区域麻酔(下半身麻酔など)で行われ、手術時間は麻酔を含めて1時間から2時間程度です。入院期間は多くの場合、5日から2週間程度となります。
この手術は、病気そのものを「治癒」させるものではなく、損傷した関節の機能を人工物で代替する「機能再建手術」であるとご理解いただくことが重要です。そのため、人工関節特有の性質(耐用年数や合併症のリスクなど)を理解し、長期的な視点での管理が必要になる場合があります。しかし、痛みが軽減し、再び自由に動けるようになることで、生活全般にわたる大きな改善が期待できます。

人工股関節置換術のアプローチ

人工股関節置換術では、股関節へ到達するためのいくつかの経路(アプローチ)があります。主なものとして、前方アプローチ、後方アプローチ、前側方アプローチが挙げられます。

前方アプローチ
(Anterior Approach)

股関節の前方から切開する方法です。大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)という筋肉を避け、その前方から進入します。術後の早期回復や脱臼リスクの低減が期待されるアプローチです。

後方アプローチ
(Posterior Approach)

股関節の後方、お尻側から切開する方法です。古くから広く行われており、執刀医にとって良好な視野が得やすいという利点があります。一方で、術後に後方へ脱臼するリスクが他のアプローチに比べてやや高いとされてきましたが、近年では脱臼しにくい後方アプローチも開発されています。

前側方アプローチ
(Antero-Lateral Approach)

股関節の前側方から切開する方法です。中殿筋(ちゅうでんきん)と大腿筋膜張筋の間から進入し、比較的良好な視野が得られ、脱臼リスクも低いとされています。
近年では、**最小侵襲手術(Minimally Invasive Surgery -
MIS)**という概念が重視されています。これは、皮膚の切開を小さく(例:8~12cm程度)し、筋肉や軟部組織へのダメージを最小限に抑えることで、術後の痛みの軽減、早期回復、入院期間の短縮を目指す考え方です。この考え方は、様々なアプローチに応用されています。以前は皮膚切開の小ささのみが注目された時期もありましたが、現在は体への負担(侵襲)全体を軽減する考え方が主流となっています。
どのアプローチが最適かは、患者様の状態、体型、活動レベル、そして執刀医の経験や技量によって総合的に判断されます。

人工股関節手術時の体位

手術時の患者様の体位には、主に仰向け(仰臥位:ぎょうがい)と横向き(側臥位:そくがい)があります。

仰向け(仰臥位)

利点

麻酔後すぐに手術を開始できるため、体位を変える手間がなく、急変時にも迅速に対応できます。また、両足を伸ばした状態で脚の長さを確認しやすいため、脚長調整の精度を高めやすいとされています。

難点

ベットに寝ているため股関節を後方に伸ばす動き(伸展)の範囲に制限があり脱臼の確認がしにくい場合があります。

横向き(側臥位)

利点

股関節の可動域を全方向で制限なく確認でき、入念な脱臼テストに適しています。また、重力によって骨盤内の臓器が手術する側から離れるため、出血のコントロールがしやすいという利点もあります。

難点

全身麻酔後に患者様を横向きにする手間がかかります。また、体を正確に真横に保つことが難しく、人工関節のカップを設置する角度の精度に影響が出ることがあります。

当院の手術方法

当院では、横向きの体位(側臥位)で行うOCM(前側方)アプローチを採用しています。この方法は、初めての手術(初回手術)から人工関節の入れ替え手術(再置換手術)まで幅広く対応可能であり、入念な脱臼テストを行えるという利点があるためです。
横向きの体位にする手間がかかるため、一日に対応できる手術件数には限りがありますが、当院では安全性を最優先に考えています。骨盤の傾きによって生じる設置角度のずれの問題も、近年はナビゲーションシステムが発達し、手術中にリアルタイムで角度を正確に把握できるようになったため、対応可能な問題となっています。

人工股関節置換術の
対象となる疾患

人工股関節置換術は、様々な原因による重度の股関節痛や機能障害があり、薬物療法、リハビリテーション、注射などの保存的治療では十分な効果が得られない患者様に対して検討されます。主な対象疾患は以下の通りです。

  • 変形性股関節症
    (へんけいせいこかんせつしょう)
  • 大腿骨頭壊死症
    (だいたいこっとうえししょう)
  • 関節リウマチ
  • 骨折や外傷後の股関節変形
  • 急速破壊型股関節症
  • 大腿骨頭下脆弱性骨折(SIF)

人工股関節置換術の固定方法

人工関節の部品を骨にしっかりと固定するため、主に以下の3種類の固定方法があります。

セメント固定

骨セメント(アクリル樹脂の一種)を用いてインプラントを骨に固定する方法です。手術直後から強い固定力が得られ、骨折のリスクが低いとされています。主に高齢の患者様や骨の質が低下している場合に選択されます。

セメントレス固定

インプラントの表面に施された特殊な加工(微細な凹凸構造)に、患者様自身の骨が成長して入り込むことで固定する(生物学的固定)方法です。初期の固定は、インプラントを骨にしっかりとはめ込むこと(圧入)によって行います。比較的若い方や活動性の高い方、骨質が良好な場合に適しています。

ハイブリッド固定

上記2つの方法を組み合わせる方法です。一般的には、骨盤側(寛骨臼側)の部品をセメントレスで固定し、大腿骨側の部品をセメントで固定する、といった組み合わせがあります。
固定方法の選択は、患者様の年齢、骨質、活動レベル、執刀医の経験などを総合的に考慮して決定されます。当院では基本的にセメントレス固定を中心に行いますが、骨折のリスクが非常に高いと判断される場合にはセメント固定を用いることもあります。

人工股関節置換術のメリット
・デメリット

人工股関節置換術には大きな利点がある一方、注意すべき点や潜在的なリスクも存在します。

主な利点

  • 股関節の痛みが大幅に改善、または消失する
  • 股関節の動きやすさ(可動域)が改善する
  • 脚の長さが補正され、歩行バランスが改善する
  • 活動範囲が広がり、生活の質(QOL)が向上する
  • 腰や膝など、他の関節への負担が軽減される

潜在的リスク・合併症

脱臼

人工関節のボール部分がソケット部分から外れることです。術後早期や特定の姿勢をとった際に注意が必要です。

感染症

インプラントの周囲で細菌感染が起こることです。深刻な場合には再手術が必要になることもあります。

血栓症・塞栓症

脚の静脈に血の塊(血栓)ができ、それが肺に飛んで血管を詰まらせる肺塞栓症(エコノミークラス症候群とも呼ばれ、命に関わる危険性があります)を引き起こすリスクです。予防策が講じられます。

神経障害

手術部位周辺の神経が影響を受け、脚にしびれや筋力低下が生じることがあります。多くは一時的ですが、稀に永続することもあります。

骨折

手術中や術後の転倒などにより、インプラントの周囲の骨が折れてしまうことです。

インプラントのゆるみ
・摩耗・破損

長期間使用することによってインプラントにゆるみや摩耗、破損が生じ、再手術の原因となることがあります。

耐用年数

人工関節は永久的なものではありません。近年のインプラントは20年以上良好に機能することも多いですが、特に若い方や活動量の多い方では、将来的に再置換手術が必要になる可能性があります。
これらの利点とリスクを十分に理解し、医師とよく相談することが重要です。

結論

人工股関節置換術は、股関節の痛みや機能障害に悩む多くの患者様にとって、生活の質を劇的に改善する可能性を秘めた有効な治療法です。技術の進歩により、より低侵襲で精度の高い手術が可能となり、術後の回復も早まり、インプラントの耐久性も向上しています。
しかし、どのような手術にも潜在的なリスクや限界は存在します。手術の適応、アプローチの選択、固定方法、そして術後のリハビリテーションや生活上の注意点など、個々の患者様の状態によって最適な方針は異なります。
最も重要なことは、ご自身の状態について医師と十分に話し合い、提供される情報をよく理解した上で、納得のいく治療を選択することです。本稿が、人工股関節置換術に関する理解を深め、より良い医療選択の一助となれば幸いです。

よくある質問

手術はどこでやるのですか?

連携している設備が充実した専門病院で行います。(主な連携医療機関はこちら)
また、診断から手術、リハビリまで一貫して、当院の院長が、原則担当させていただきます。担当医を一貫することで、患者様の状態を抜け漏れなく把握することができ、的確な治療計画をたて、患者様一人ひとりに合わせた柔軟な対応をすることができます。

人工関節置換手術を受けると、元々健康だった股関節と同等の状態になりますか?

基本的には制限もない元気な関節と同様になります。手術後、およそ半年から1年で手術の有無を忘れ、ご自身の関節と同じように感じるかもしれません。

人工股関節は何年くらい持つのでしょうか?

一般的な目安として、20年経過時が90%との報告があります。

人工関節は脱臼しやすいと聞きましたが。どうしたら良いでしょうか?

通常、成人の股関節の骨頭の大きさは40-56mm程度です。しかし人工関節に使われるヘッドの大きさは22-36mmとなっています。その結果、股関節の嚙み込む深さが浅いくなるため脱臼しやすいといわれています。合わせて、人工関節を挿入する際に軟部組織を傷つけるためにその侵入経路の組織が弱くなり、脱臼制動力が落ちることも要因です。
脱臼の方向は主に前方と後方の2つに分けられます。どちらの方向に脱臼しやすいかは、手術中に人工関節を設置し終えた時点で確認されます。後方に脱臼しやすい場合は、しゃがんで股を閉じた姿勢(股関節の屈曲、内転、内旋と呼ばれます)が危ないとされており、前方に脱臼しやすい場合は、爪先を外側に向けて脚を後ろに伸ばす姿勢(伸展、内転、外旋)が危険とされています。
近年ではポリエチレンの摩耗が少ない素材が使用できるようになり、結果的に薄いライナーを使用することができるようになりました。ライナーが薄くなり、ヘッドが大きくなることで嚙み込みの幅が広くなり脱臼しにくくなっています。合わせて、MISといわれる侵襲を少なく手術する方法が確立されてきており、脱臼抵抗性が確保できるよういなったため、脱臼率が低下してきています。当院では基本的に禁止肢位のない手術を行うことが可能です。

人工股関節置換術は安全な手術でしょうか?

手術や麻酔のリスクを完全にゼロと主張することはできないものの、当院ではスキル・経験のあるスタッフがしっかりと安全管理に徹底しながら、治療に取り組んでいます。
特に、人工股関節置換術は重大な手術であり、手術中や手術後にあらゆる合併症(心筋梗塞をはじめとする循環器系の合併症、無気肺をはじめとする呼吸器系の合併症、脳出血や脳梗塞など、ある程度の合併リスクが懸念されるもの、また通常の手術では予想するのが難しい合併症も含む)が発生する危険性があることを認識しておくべきです。
さらに、高齢者や他の疾患を抱えている方々は、合併症が起こるリスクが健康な方よりも高いかもしれません。もしも合併症が生じた場合でも、対応できる体制が大切であると考えています。

人工股関節置換術を受ける際、輸血は必要ですか?

原則として輸血は使用しません。大出血が予想されるような患者様には自己血貯血を依頼する可能性はありますが基本的には不要であると考えています。手術時間の短縮や、術前トラネキサム酸などの投薬の工夫により出血量は100㎖以下であることも稀ではありません。ですので、基本的には自己血貯血も行わず手術に臨んでいます。80歳以下の方には、「術前自己血貯血」を推奨しております。これは、手術中に予想される出血量を計算した上でご自身の血液を2回に分けて採取し、術中・術後の輸血に備えて、病院の貯蔵庫に保管しておく輸血方法です。これにより、手術中や手術後に、他者からの輸血を避けることが可能となり、未知のウイルス感染症などのリスクを軽減する効果が期待されます。ただし、心臓に負担をかけるリスクがある場合(例えば重度の貧血を伴うリウマチや腎不全、高齢の方)には、この方法は推奨できません。

休職期間はどのくらい必要ですか?

個人差がありますが、主にデスクワークの方は1ヶ月、負荷のかかる就労環境にいる方の場合は、2ヶ月程度の休職を推奨しております。そのため、事前に職場へ相談することをお勧めしております。

スポーツを再開できる時期はいつからですか?

手術後、およそ3ヶ月後から可能になります。ただし、水中ウォーキング、ウォーキング、水泳、ゲートボール、ハイキング、サイクリング、ダンス、ボーリング、トレーニングでのジム、スキューバダイビング、卓球、ヨット、エアロバイク、ゴルフ、テニスなどが可能です。ラグビーなどの他者との接触あるコリジョンスポーツは担当医とご相談ください。

人工関節手術は健康保険が適用されますか?

人工関節置換術は健康保険でカバーされます。医療費制度によって定められている、医療費負担割合は1割~3割となります。また、高額療養費助成制度の対象でもあります。詳しい内容につきましては、受付窓口へお問い合わせください。

人工股関節の人は車の運転はできますか?

車の運転は可能です。ただし、人工股関節術後は筋力低下があるため、杖歩行を離脱し、フルブレーキを踏む自信がつくまでは運転は薦めていません。多くの場合、6週程度で可能になることが多いです。

人工関節が入っている場合は、飛行機に乗れますか?

問題ありません。ただ人工関節が金属探知されることもありますので、説明が求められる場合もあります。全身スキャンの保安ゲートを通るか、証明書を発行することも可能です。

両側の股関節が痛い場合は、一度にまとめて手術してもらうことはできますか?

可能です。ただし、患者様の状態や既往歴など総合的に判断させていただき、問題がない場合に行います。1回の手術で行うメリットは、片側ずつの場合と違い、脚長の調整が容易で、両側それぞれ行う場合に比べ復帰までの期間も短く、入院が1回で済むため経済的にも安心していただけます。お気軽にご相談ください。