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人工股関節と「脱臼」の真実 ― なぜ「禁止肢位なし」と言い切れるのか?

院長ブログ

 

はじめに

人工股関節置換術の歴史は、合併症との戦いの歴史でもあります。 その中でも、今回は患者さんが最も心配されることの多い「脱臼」についてお話ししたいと思います。


1. 「絶対に脱臼しない人工股関節」は存在しない

まず大前提として、通常の人工股関節全置換術において 「絶対に脱臼しない人工股関節」 というものは存在しません。 そもそも、人工関節を入れていない健康な股関節であっても、稀に脱臼が起こることがあります。

なぜ脱臼は発生するのか?

インピンジメント

その理由は 「インピンジメント(衝突)」 にあります。

股関節がある一定の角度まで動くと、骨や軟部組織、あるいは人工関節の一部同士がぶつかり合います(=インピンジメント)。 すると、そこを支点として 「てこの原理」 が働きます。このとき、以下のバランスが崩れると脱臼が生じます。

  • 脱臼力(外れようとする力) > 求心力(関節を安定させる力)

股関節を限界まで動かせば、必ずどこかでこの「衝突」が起こります。 したがって、脱臼を100%防ぐことは論理的に不可能であり、「絶対に脱臼しない人工股関節」というものはあり得ないのです。

通常の可動域ではインピンジしない

通常の可動域ではインピンジしない

寛骨臼と大腿骨がインピンジする

寛骨臼と大腿骨がインピンジする

インピンジポイントが支点となりてこの力がかかり脱臼する

インピンジポイントが支点となりてこの力がかかり脱臼する

 

 

 

2. なぜ「禁止肢位(やってはいけない動き)なし」が可能なのか

100%防ぐのは不可能と言いながら、なぜ私たちは 「禁止肢位なし」 の手術を行うことができるのでしょうか?

その答えは、術中の徹底した「脱臼テスト」 にあります。

限界を見極める

日常生活に必要な「可動域」と、そこにある「限界」

股関節の可動域には個人差がありますが、日常生活を不自由なく送るために必要な範囲は、概ね以下の角度に収まります。

  • 屈曲 120度(深くしゃがむ、靴下を履く)

  • 伸展 20度(大股で歩く)

  • 外転 30度(足を外に開く)

  • 内転 15度(足を内側に閉じる)

重要なのは、「可動域には物理的な限界がある」ということです。私たちは、この限界を超えた領域で無理に動かすのではなく、「患者さんの生活に必要な範囲内で、いかに安全を確保するか」を最優先に考えます。

麻酔下で行う「脱臼テスト」

手術中、全身麻酔で筋肉が完全にリラックスした状態において、私たちは入念な脱臼テストを行います。 これは単に足を動かすだけではありません。前述の角度に加え、さらに回旋(ねじり)を加えたり、あえて脱臼しやすい方向に力をかけたりして、「日常生活よりも過酷な条件」で関節が外れずに耐えられるかを徹底的に評価します。

この厳しいテストをクリアしているからこそ、術後に自信を持って「禁止肢位はありません」とお伝えできるのです。

不安を見逃さない「術中の微調整」

もし、このテストで「カクン」という亜脱臼の感触や、わずかでも不安定な兆候があった場合、その場で直ちに修正を行います。

  1. インプラントの変更・再設置 数ミリ単位でサイズの異なるヘッドに変更して関節の張り(テンション)を調整したり、カップやステムの設置角度を微調整して、最適な組み合わせを探ります。

  2. 骨棘(こっきょく)の切除 手術によって短縮していた脚が伸びたり、拘縮が取れて可動域が劇的に改善したりすると、「以前は届かなかった角度」まで股関節が動くようになります。 すると、手術前には問題にならなかった余分な骨の出っ張り(骨棘)に、骨やインプラントが新たに衝突(インピンジ)してしまうことがあります。 その場合は、ノミを使って骨棘を丁寧に削り落とし、スムーズに動くための「通り道」を確保します。

このように、可動域の変化まで予測して衝突を回避する調整を行うことで、脱臼リスクを限りなくゼロに近づけています。

安全性への最終判断

これら全ての手を尽くしてもなお、どうしても脱臼リスクが排除しきれないと判断した場合に限り、患者さんの安全を守るために「やむなく禁止肢位をお伝えする」こともあり得ます。 そうしたケースは稀になっています。

さいごに

手術の最も難しいところは、患者さん一人ひとり異なる「脱臼しやすさ」と「関節のちょうど良い張り具合」のバランスを、最適に見極めて調整することに尽きます。 ここが術者の腕の見せ所なのですが、少し長くなりますので、この話はまたの機会に譲りたいと思います。

本日は「大寒(だいかん)」、暦の上では一年で最も寒さが厳しい時期に入りました。どうか温かくしてお過ごしください。(2026/1/20 院長 佐藤啓)

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